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名古屋高等裁判所 平成7年(ラ)155号 決定

主文

本件執行抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件執行抗告の趣旨及び理由

抗告人は、「名古屋地方裁判所一宮支部が同庁平成六年(ケ)第一〇二号不動産競売事件について平成七年五月三一日にした売却許可決定を取り消す。乙山春子に対する売却を不許可とする。」との裁判を求め、その理由として、別紙執行抗告理由書写しに記載のとおり主張した。

二  判断

(一)  執行抗告の理由一について

所論の要旨は、本件の目的不動産(以下「本件不動産」という。)のうちの建物(以下「本件建物」という。)に係る賃借権の有無について、物件明細書と現況調査報告書及び評価書との間には食違いがあり、物件明細書の作成に違法があるというにある。

本件記録によれば、平成七年一月二五日の執行官の現況調査に際し、本件不動産の所有者兼債務者である抗告人の妻甲野花子から、本件建物のうち一階店舗と二階倉庫は、抗告人が代表取締役、甲野花子が監査役をそれぞれ務める甲野ミシン株式会社が昭和五二年の設立以来賃借して占有している旨、また賃料は一か月一五万円、期間の定めはなく、敷金等の授受はない旨の説明がなされ、その陳述が現況調査報告書の「関係人の陳述」の欄に記載されるとともに、「執行官の意見」欄に甲野花子の陳述する内容の賃借権が存在する旨記載されていること、評価人丙川松夫は本件建物に賃借権の負担があることを前提に本件不動産の評価を行い、評価書にはそのことを前提とした評価額が記載されていること、他方物件明細書には、備考欄に、所有者を代表者とする甲野ミシンが一階店舗及び二階倉庫部分を占有していることが記載された上、「不動産に係る権利の取得及び仮処分の執行で売却により効力を失わないもの」の欄に賃借権がない旨記載されていること、以上の事実が認められる。

物件明細書の記載と評価書及び現況調査報告書の記載とは一致しているのが原則であり、また望ましいことといえるが、物件明細書は、買受けの申出をする際の参考にするため、現況調査報告書及び評価書の提出があった後に、執行裁判所が執行記録に現れたすべての資料に基づき、執行裁判所の事実認定と法律判断とに基づき当該不動産の権利関係等について執行処分としてその認識を記載するものであるから、その記載が現況調査報告書等の資料の記載と一致していないからといって直ちに物件明細書の作成又はその手続が違法であり、又はこれらに重大な誤りがあるということはできない。

しかるところ、本件記録によれば、現況調査の際甲野花子から前記のような陳述はされたものの、甲野ミシンの賃借権を裏付ける客観的な資料は何ら提出されなかったこと、甲野ミシンは本店を本件不動産所在地に置く会社で、他の二人の取締役も甲野姓の人物であること、本件不動産に設定された担保権はそのほとんどが抗告人又は甲野ミシンを債務者とする事業上の債務担保のためのものであることなどの事実が認められ、前記認定の現況調査における甲野花子の陳述内容をも併せ考慮すると、原裁判所が物件明細書において本件建物について甲野ミシンの賃借権は存在していないと判断したことは必ずしも不相当ではないというべきである。

よって、物件明細書の作成又はその手続に重大な誤りがあるとすることはできない。所論は理由がない。

(二)  執行抗告の理由二について

所論の要旨は、原裁判所は、長期賃借権があるとしてした評価人の評価額を、賃借権がないとの売却条件による本件競売の最低売却価額としたものであるから、結果として評価人の評価に基づかず最低売却価額を定めたものであって違法であるというにある。

最低売却価額は評価人の評価に基づいて定めるべきものであるから、評価人の評価が前提とする事実判断が執行裁判所のそれと異なる場合には、執行裁判所は、原則として、執行裁判所の認定した事実に基づく再評価ないし補充評価を命じるべきものである。しかし、評価書中の数式等を利用することにより、執行裁判所の認定した事実に基づく評価が可能である場合には、再評価等を命ずることなく執行裁判所の認定に基づき最低売却価額を決定することも許されると解するのが相当である。

本件においては、評価人は本件建物に賃借権が存在することを考慮して三〇%を減価して売却価額を評価しているものであるから、本件は再評価や補充評価を命じることなく執行裁判所が自ら認定した事実に基づき最低売却価額を決定することが許される場合であると認められる。しかるに、本件において、原裁判所は、評価人が賃借権の存在を前提として三〇%を減価して評価した七八二万円を、本件建物に賃借権の負担のない前提で定めるべき最低売却価額と定めたものであるから、この点において、本件の最低売却価額の決定には重大な誤りがあるというべきである。

もっとも、このような場合においても、最高価買受申出人の申出額が社会通念上不動産の適正な価額に達していると認められるときには、最低売却価額決定についての瑕疵は治癒されると解するのが相当である。しかるところ、本件記録によれば、本件評価人の評価は、本件建物についての賃借権の有無に関する点を除けば、その内容は合理的であると認められ、かつ、この評価を前提に、本件建物に賃借権の負担がないものとして計算すると、本件不動産の売却価額(一括売却価額)は約一一一七万円になること、最高価買受申出人の申出額である一二八〇万円はその額を約一五%上回るものであること、その他に三人が上記一一一七万円を上回る額で買受けの申出をしていること、原裁判所は一二八〇万円で入札した最高価買受申出人に対し本件売却許可決定をしたことがそれぞれ認められる。そこでこれらの事実に照らすと、上記最高価買受申出人の申出額は社会通念上本件不動産の適正な価額に達しているものと認めるのが相当であるから、結局本件の最低売却価額の決定に係る瑕疵は治癒されたというべきである。

よって、所論は理由がない。

(三)  その他

抗告人は、上記の事由の存在をもって本件売却許可決定が民事執行法七一条七号にも該当する旨主張するが、同号に定める「売却の手続に重大な誤りがあること」とは、同条六号に規定するもの以外の「売却の手続」に重大な誤りがあることを指すものと解するのが相当であるから、所論は理由がない。

(四)  むすび

よって、本件執行抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 上野 精 裁判官 熊田士朗 裁判官 岩田好二)

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